育て社会に返す

母乳語によって

そのままずっと高学年にまでなってしまうと、緘黙症と言うべきかも知れません。でも、病気ではないのですよ。習慣です。知らず知らずのうちに習慣を破り去ればいいわけです。
気にしすぎると、干渉,過保護になり、無造作に見過ごすと、放置·放任になりますねどちらもいけないわけですよ。こういうものを言わないというようなことについても過保護にならないように。放任にもならないように。
それじゃあどうしたらいいかというと、しっかり現実の状況を確認しておいて、しかも、手出し口出しをしない。思わずなにか前向きの動きを示したら、見過ごさずに、小気味よく認める。

中学でまた苗場山に登ったとき地元


子どもがふぇています。

>子どもを見る限り異常親はわが子のことについては、早くいい結果を見たくて、どうしても早まってしまうから、子どもにとっては、それが重圧になるのですね。
いついい結果を出すか、と見守り、うかがい、つい声をかける。励ます、促す、せかす、というのはダメ。見つめないで、目にとめておいて、いい気配が動いた時、きちんとそれを、支える.つもそういうふうに言えていないことが、ある時たまたま言えたのであっても、それを、まるでいつもそう言えているから別に気にもとめていないのだという、安心した声色で、そうそう。ハイ
などと応じてやれば、子どもは、変に意識したり力まずに、といろいろ言えてしまえるでしょう。
平静な気持で前に心が開いて、もっつい、こんなふうにしてしまいがちですが親が子どもに自覚がないのだから、自覚を呼び起こそうと思って、当人の前で聞こえよがしにたとえばこんなふうに、平気でひとに言ったりして。
「この子、ダメなのよォ。うちでは大声あげてコマーシャルのうたなんか歌っているくせに、外へ出た途端に、なんにも言わなくなるの。家の中では、おかあさん自分のことに、ぽんぽんひどいことを言うのに、ねえ」と、本人をニヤニヤしながら眺めて、さらに言う。
「コウジ。


母さんとお父さん

子どもは二倍三倍の苦しみを味わっている

母に捧げるバラドおばちゃんに、こんにちはを言いなさいよさねえ。そんなに後ろに回ってしまわないでいいでしょ。ねえ、コウジ」と、それからさらに相手の大人に向かって訴える。
「ね、こうなんですの。ダメでしょ。幼稚園でも、ひと言もなにも言わないのだって。困ってるんですよ。これで小学校へ上がるとどうなるのかしらねえ」
なんにも言わない子どもだから、「そんなことをひとに言うと、ぼくのメンツはまるつぶれじゃないか!」と怒りの表現を親に示しはしないでしょう。第一メンツがつぶれるなんてことを、子ども自身がその時自覚したりもできないわけです。なんたって、まだ幼いのですから。子どもの自殺が増え続けている。指導の専門家です。でも、そう言われている間の、子どもの表情、いらだちや、ふてくされで、ますますしらけて、れているものなのですがねえ。
ふるまいを見れば、まぎれもない恥ずかしさや、やる気がなくなっている気持が、ちゃんとあらわ幼児に対して、気持はことばにあらわしてくれないと分からない、はだしい子どもの様子や態度にあらわれているものを読まなきゃ。
というのは、見当違いもはなこんなおかぁさんがいましたよ。そのおかあさんが、まさに先の例のとおり、子どもがものを言わないのを、当人の前でしゃーしゃーと訴えるものですから、私は思わず言ったのですよ「そんなこと、ここでおっしゃりなさんなメンツまるつぶれですよ。ご本人、いたたまれない」
と。私のそう言うのを聞くと、
そうなの?コウジ、おまえ、ものを言えばいいじゃないの!


母さんあんなに恥ずかしい思いしたことありません

そのおかあさん、へえーとおどろいていたたまれない?恥ずかしいの?ええ!
それならちゃんと
と、まるでわが子をさげすむように言ったので、なんというひどさとあきれてしまいました。これ、まったく人権無視ですよ。相手の気持をいたわることが、仕事やつき合いでは見事にできていても、自分の子どもにはまったくできない人が多いですね。
おかあさんカウンセリングで、たとえばこんなふうに子どもが親の期待に反して言わないとなったら、もの代弁を、親がしておいてやればいい。
まるで気にしないふうで、とりあえず、子どそして、だれもいないところで、こう一方的にさらりと言って、あとは知らん顔でいい。

コウジ。ものを言おうと思う時に、言えない時は、言えないね。言えないものよ。言おうと思わないでも言う時には言ってしまう。だって、コウジは心の奥に、言う時には言おうという気持がちゃんとあるんだもの。わたし、おかあさんが、いつも自分のことをおかあさんと言わなくていい。人格対人格のまじめな話の時、自分の子どもにも、自分のことを、わたしと第一人称で言えるのが、大事ですそれは、ちゃんと分かってる。
言う時には、言ってしまっているものよ。
それは、まったく、大丈夫。
コウジ、安心して。ハイ。遊んでおいでハーイ
気持を解きほぐしてやることが大切なのですからね。

子どもが気持を取り直すのであれば

母親がかくもひどくわが子を見損なっていなさる!気持がほぐれると、胸に灯がともり、もりが体全体、手足の先にまで広がる。ただし、親の表現は、しっかり、おおらかに。
ぬくそうすると、知らず知らずのうちに、心の中にある家の内と外の壁が消えていくでしょう。
エッチなことばこの頃特にひどいのです。ウンチだの、チンチンなどのことばかり。
きたがったり。夫は変態だと言います。
母親がトイレへ行くのについていだれでもそんな時期があったのに。
気にして、とがめればとがめるほど、余計に言いたがりますからね。気にしないこと。
性器とか排泄とかに、興味·関心が集中する時期なのですよ。
よくもあれだけ、なにもかもをエッチなことにつなげて、よくあきずに喜んで繰り返すなあとあきれていたのに、ある時期になると、すっかり変わって、今度はほかのなにか、たとえばミニカに熱中とか、隣の11歳上のカンちゃんと、なにをしているのだか、いつでもいつでもくっついているとか、夢中になることが違ってしまっているものだから、気にしないでいいですよ。


子どもの自殺が増え続けている。 学校がいけないのではない。 成長させるきっかけ