父親と女の子

子供に対して決まりの上では例外を作らないという

もっとも警戒すべきは、思春期前後の子どもの場合である。思春期の子どもには両親の離婚は強烈な影響をもたらす。それは子どもの性格から学業にまで響くであろう。それに耐えられない子どもは社会に対して逃避型になるか攻撃型になるかのどちらかで、時には、非行に走ったりして、子どもが被害者になるハメになる。
子どもが小さい頃に、親が離婚して母親だけで子どもを育て、なおかつ子どもの数が少ない場合マザー·コンプレックスの道程をたどりやすい。ひ弱なタイプとか、ちょっとした障害のある子どもに対しては、余計母親が過保護になる傾向がある。そして母子がベッタリと密着してしまう親は、子どもに責任を持つのが当然である。
ような単純な問題ではない。
離婚しても、どちらかが育てればいいだろうという-非行は長くは続かないもの離婚はたしかに子どもを非行に走らせる要因として大きいが、別に両親が離婚しなくても、子どもが悪事にのめりこむとか、非行グループに入って問題を起こすことはしばしばある。

父親の月給が少ないのを嘆き


小学校三年で一時間十分

>教育をどうするかは非常にデリケートな問題です。こんなとき親はいったいどうしたらいいのだろう。学校の先生に任せるとか、信頼すべき人から意見してもらうといった程度で済めば話は簡単だが、現実はそうなま易しいものではない現実に自分の子どもが何か問題を起こせば、オロオロしないで泰然としていなさいと言ってもそれは無理というものだろう。だが、まずは親がどっしりと落ち着かないことにはどうしようもない。そのために、わたしは、そういう子どもでも、その非行が十年も二十年も続くものではないということを言ってやることにしているが、それだけでも親は落ち着くものである暴走族の中心となるメンバーの年齢が、近年だんだん下がってきている。


母さんの言うことをきき

子どもに押し切られてしまう

子どもに可愛らしい服を着せたいと思うのは自然です以前は十八歳ぐらいだったのが、十七歳くらいになり、今は十五、六歳だ。免許取得のこともあり、今後これ以下に下がるということはないだろう。この十五、六の年齢が将来どうなるかを見てゆくと、十八歳ではかなり減り、二十歳になるとほとんどいなくなる。しかし、暴走族自体は減らない。後から後から新人が入ってくるので、人数はそう変わらないのだ。十六歳で暴走族の仲間入りをしても、大体は四年間で片がついてしまうというのが大方なのである登校拒否、校内暴力で騒いでいる子どもも四、五年たてば、社会に出て給料をもらって仕事をしている。早い人間なら、結婚して家庭を持つものもいる。あるいは進学、転校してちゃんと学校へ通っている。子どものきょうだい喧嘩を見ている母がいい顔をしないのは世のならいだ。相変わらず五年後も、ある単車を乗り回して、世間を騒がしている人はほとんどいないという事実がとくに、子どもが非行に走ったとしても、父親はどっしりと構えるべきだ。親がオロオロすればするほど、非行に走る子どもは内心面白がる。決していいことをやっているとは思っていなくても大人があたふたしたりした反応を見せれば子どもは面白がるものなのである
わたしも子どものころ、他家の玄関のベルを鳴らし、物陰に隠れてその家人の反応を楽しんだものだ。


子供を授かろうとしない人たちの気持ち

ベルを押せば、誰か出てくる。出て来てあたりを見回し、キョロキョロしてまた引っ込んでいく。その反応がなんとも面白かったものだ。ところが、押してもベルが故障して鳴らないとかいくら押しても誰も出て来なければ少しも面白くない。
つまり、子どもの心理としては、母親なり父親が、オロオロして右往左往するのが面白くてしょうがないという面がある。要するに子どもというのは、意識する、しないにかかわらず反応を楽しむ。その反応にスリルがあれば、もっといい暴走族は街の中や国道では、ブンブン走り回るが山の中とか、まったく人のいないところではあまりやらない。パトカーが追いかけてくればくるほど、スリルを感じ、仲間の結束も固くなり、若いエネルギーが奔出していく。

子どもに片づけて欲しいと思

子どもの心の動きや気持の変移を気にとめていない。しかし、現実の問題として、親が右往左往するのも無理はない。わたしも、自分の子どもがそうなれば、自信はない。だが、遅くとも四、五年後には大多数の少年は立ち直るという事実を心得ていれば、親としてはそうバタバタすることもなくなる。
わたしも未成年でタバコ、酒をたしなんだが、それでも人生の底辺まで落ちるということはなかった。自分を支えていたものはプライドであることをのちに悟った。人間はプライドを喪失すると単なる生物におちる末っ子がタバコをふかしていても、あれいつの間に喫い出したのかと思う程度だった。またつのまにか髭を生やしだしたので、わたしの母は、似合わないわよ、むさくるしくてたまんないわとイヤミを言う。わたしは内心、おもしろくてしょうがない。自分と同じコースをたどって来たなとある種の感慨がある。しかし、口には出さない。
この年頃の男の子は、心理的に背伸びしたがり、少しでも他人より目立ちたいだけである。それを周囲や家族が、目くじら立てて攻撃すれば、かえって反発するだけである。つまらないことで、子どものプライドまで傷つけてはいけない。


子どものきょうだい喧嘩を見ている 子どもなら世の中とは家庭 教育ママと呼ばれて涼しい顔をしている。