母親を自分の手足

大学まで行くという。

鼻先とか口元とかを奇妙にゆがめるとか気持にしっかりした安定がない時に、あらわれるものです。
無理にやめさせようとすると、安定のないうえに、もうひとつ屈折して、心のこだわりが一層過熱状態になるのですよ。
けなしつけたりしたら一層ひどくなったりします。
つい、こんなふうにしてしまいがちですがチック症というものについての認識がなくて、ただただ、変なことをする変な子、うと、やたら、「どうして、そんな変なことばかりするの?やめなさいよ。ねえ、やめて」

練習に励めば


子どもが成人してからも続米国の発達心理学者

>先生にほめられたりするとクラスのランクが落ちと思ってしまなどと、理由を問い、答えがなければ、許せないことだと眉をひそめ、応じなければ、どうかやめてと懇願することになりますねやめろと禁止命令を出しそうすると、子どもはますます気持にしっかりした安定がなくなって、チック症はひどくなります。すると自覚のないおかあさんは
言ったら言っただけ、ますますひどくするのは、シンちゃん!それ、いやがらせなの!?
などと、子どもをなじってしまうのですが、子どもはいやがらせのつもりなどではさらさらなくやめようたってやめられないのですよね。
て、ただ、そうしようと思ってするのではなくて、気がついたらまたしてもやってしまっている。
とがめてみてもはじまらないのです。
おかあさんカウンセリングで、たとえばこんなふうにまず、なんのことで子どもが欲求不満になっているのかを、発見することが大事ですね思いつく限りのいろいろな場合をあげてみると、下の子がいて、その弟とか妹とかのほうに、おかあさんの気持が向きっぱなしになっているとか。


高校をあやうい

母さま方よろしいですか受験の審査

子ども自身に聞こえるところでは。あるいは逆のきょうだい関係で、いつも陰で兄にいじめられていて、それを母親に言うと、母親がまずい叱り方をするので、あとで一層ひどい仕打ちをされるから、いじめられても言えないで気持が落ち着かないとかあるいはまた、ちょっとしたことでとがめられ、父親が厳しいので、つい何かをしてもバレないようにウソを言う。そんな子はもうウチの子ではない!といったように脅迫まがいの叱られ方をするので、不安がいつも積もっている、といったようなこともありますねこんな場合もありますよ。どうも夜に両親がいさかいを起こす。話の内容は分からないもののこれまでに、にわかに朝叩き起こされて、母親にどこだか遠いところへ連れていかれたことがある。
海岸べりを歩くとき、かあさんが、何とも気落ちしていて、沈む夕陽がかなしくてしかたがなかった。また、あんなことがあるのかも知れないと、子どもの第六感が働く。母親を自分の手足子ども中心になったからですそれが知らず知らずの日常の不安になっているとか、ね。
保育園に、困らせ好きの年長児がいて、いつも自分のものばかりとりあげられる。一緒によく遊んでくれるから嫌いではないものの、にわかにいじわるをされるので、わけが分からなくなり、気持が変にこわばってしまっているとか。いろんな場合があるものですよなかなか、これだという理由が分かるものではありませんし、おそらくこれではないかと推測するしかなくて、そうはっきり原因をつきとめることのできるものではありませんから、分からな
かったら、ことさら詮索することはしないで、ただ、何か、問題がきっとあるはずだ。


子供さえ良い子なら変わりありません。

にチック症があらわれているのだとだけ分かっておいてやればいいのです。
そのため親がついになんの原因だか分からないまま、いつしか、気がつけば、問題がなんでもなくなったのか、子どものチック症がすっかり陰をひそめている、ということも決して少なくないのですからね。くどくど、くよくよ、気にやまないこと。
むしろ、いつまでもどこまでも気にするあまり、子どもにしつこく、どうだったの?なにがあるのこういうことはなかった?など、答えられもしない、あるいは答えたくもない質問ばかりするので、それがかなわなくていらいらが高じている。そのいらいらがチック症の原因だ、ということもあるので、過剰に構いつけないことですね逆に、親につい無感覚に無視されて、欲求不満、ということもありますね。
子どもがなにを見ても、生まれて日が浅く新鮮な体験なので、なにかの折節に、目を輝かせて、あれ!を一緒に見てほしいと母親の袖を引いても、母親はろくに子どもの気持を察することがなく、いつだってまったく見当違いで、あ、もう寝る時間でしょ。

両親は教師

母親と一緒に過ごす時間が多いさあ、ベッドに入りなさい!なんて、とにかくなにか命じてさえいたら、子どもにとって、自分は母親らしい存在なのだと錯覚している。
「え?あれれ?なんだか光ってるね!なんだろうね?お向かいのお家のガラスに、月の光が映ってるのかな?小さなコップがあって、水が入ってて、そこにお月さまのかけらが飛び込んだのかも知れない。さっきから、あれを見てたのね!なんだろうね。光ってるね」
一緒になにかをしっかり感じてくれて。一緒になにかをとらえてくれて。なんだか心を広げ深めてくれる満ち足りた、思いがけない展開。そういうものが、まるで欠けているってこと、ありますね。母親にとって、子が、心の存在でなくなって、物の存在になっているのかもね。
欲しがり過ぎる人のものを見ると、なんでも欲しがります。


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