教育をもっとさかんにすれば

教育でありそれを教える

口に入れたままのモノが、どこまでもふくれ上がってきて、口いっぱいになってくる感じで、どうしよう、どうしようと恐ろしいばかり。泣きました。舌の上にモノがのったままの口を開けっぱなして、目をきゅんと力いっぱい閉じて、泣いて泣いて。時が永遠の長さなのでした。
お母さんがお迎えに来てくれた時、マミちゃんは、ほどの、第一日目だったのです。11カ月もたてば、の砂漠をさまよって生死の境にある、といったどうにか保育園暮らしに慣れてはきたものなにもかも遅い、といった状態の背景に、こんな事情があったのです。
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子ども用のビニールプールへ

おかあさんカウンセリングで、たとえばこんなふうにひとに立ち遅れている、と自分で気づいた時、そのショックがあまりに大きいと、と急がねばと、頭ではあせるのに、心も体もすくんで、身動きがとれないのですよ、
だからもっねマミちゃんは、どうにか保育園暮らしに慣れはしたものの、人より遅れている、ということにっ
晴れたためしがないのです。
いての自分へのとがめの気持が、心も体も、一向に、すくむことに慣れています。
だから、不満声で、なじられたり、せっつかれると、ますますそこから悪循環。
すくむ緊張に慣れると、もはや緊張の疲れが出てしまって、むしろ、でれん、もはや、だらんとしてしまうのですよ、ね。朝、せっついてさあさ、起きなさいよ
立ちもせずにボンヤリ、じっとしている、といったような。
せかしたり励ましたりの声をかけて、と、体を引き起こしても、そのまま効果がないから、親の声もいたずらに離れたところから、感情の険しいものになる。
と、そうはしないように、ね文句を言わずに、ね。

 

父親もそうですが私たしかに一般

つっ突くような触れ方でなく、じんとなじんでいく点的でなく面的な接し方で、手を出して、体で支えてやって、てきぱき手伝ってやったらいいんです。
あせらず、いらだたず、てきぱきと快適なリズム。
われ知らずついでの惰性で伸ばしている腕に、快くしゃきっとシャツの袖を通してやったりすると、思わずママを見上げて、ホカホカとほほ笑んだりするのですよ。
そのリズム感に、その時、さりげなくしっかり、ほほ笑み返してやるんですねそのさりげなくいかにもいつも交わしあっているかのような、新鮮なほほ笑み返しこそが、おかあさんカウンセリングの極意いつしか、マミちゃんが、残る右手は、自分から、ええいやっと、袖を通したりしますよ。
いじめるのよ。
母さんしんどいよオ。

母さんが決めてくれるというように育ってきます

心のうちから自発の意欲の湧き上がる一瞬を、見過ごさないように、ね。
ほんの少しの自発がある以上は大丈夫と確信していれば、あらゆる自発がはじまるのです。
小1で一番食べるのが遅かったのに、中1では一番早いなんてこともあります。
潔癖すぎるどんな時も手を洗って自分のハンカチで拭かないと、ンカチもなく、結局、なにも食べませんでした。
食事をしないのです。
夏のキャンプで、水道もハ食べ物を、汚れた手でつかんで平気で口に入れる、というのも不衛生で困りものですが、に、こういう具合に潔癖すぎるというのか、神経過敏というのも困りますねまた逆というより、一つの固定観念ができてしまっていて、どんな場合にもそれを通さないと気が済まない。

子どもが調子に乗ってしまう

いわば、かたくなな完璧主義に陥ってしまっている、ということなのですね。
「ハンカチがないのだから、このティッシュで、手をふいときなさいよ」
いや!
「だって、しかたがないでしょう。そんなこと言ってたら、お弁当、食べられないじゃない」
だって、いや
「パッ、パッと、このティッシュで、こうしてはたいておくだけでも、手はきれいだわよ」
食べないから、いい

おなかが減ってるでしょう
減ってないももう、強がりばかり言ってないで。言うとおりにしなさい
いや!
子供への義務

母性はきわめて自然なものと言っていいでしょう。


おなかが減っていない、というのは、この場合気持がかたくなになっていれば、胃も萎縮して、強がりでもウソでもないのです。
実際に食欲がなくなるのですよ。
つい、こんなふうにしてしまいがちですが親に逆らっている、素直じゃない、と思えば、親はまず無性に腹が立ちますねすると、親は、どうでも負けてはならぬ、と力みますね。力むのは、でも、逆効果です。
もちろん、しっかりとハンカチなしでよしとしなさいとか忠告したり励ましたりしてやることは、大事ですよ水で洗わなくとも我慢しなさい
とかと急場に臨機応変の処置で事態を切りぬける訓練は、必要であって、食事前には必ず水道で手を洗い、きれいなハンカチで拭くことというようなきまりは、絶対にたがえてはならないといったものではないのですものね。